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儚い羊たちの祝宴


「 ねぇ 、なんかおすすめの本ないー? 」


四つ下の妹に幼い頃から絵本を与え文庫本を与え本屋に連れて行き気に入った本を読ませ、そしてその妹を見事な読書好きに仕立てあげた(??)姉の本好き並びに本選びのセンスは飛び抜けていて、


私が一言本を強請れば、待ってましたとばかりに微笑んで自室の天井にまで届く書架から迷いなく一冊抜き出してくるのでした。


「 これ 、絶対はる好き 」


私にそっくりな声と綺麗な桃色のネイルが施された白くて女性らしい手で、姉は左頬に昔から変わらない笑窪を浮かべて一冊の本を差し出したのです。




儚い羊たちの祝宴米澤穂信




米澤穂信 … あ、インシテミルの人だ


作者には見覚えがあったけれど残念ながら手に取ったことのない本でした。


「 面白い? 」


そう尋ねると姉は、


「 私が高校生のときに模試の問題にすごい面白いお話があって、気になって気になってしょうがなくて調べたらこの本の中の短編で、当たり前のようにその日の帰りに買って帰った 」


ころころと笑いながら姉は3年間フィリピンに単身赴任することになったと報告に来た叔父さんが買ってきてくれた大好きなマカロンを齧りました。それも、きらきらの爪に合わせたような鮮やかなビビットピンクでした。


「 … ホラーじゃないよね〜?やだよ怖い話は 」


表紙が黒く何処と無く不気味だったから恐る恐る尋ねると 違うよ と一蹴されてしまいました。


「 あ 、でもちょっと うわぁ.. ってなるかも 」
「 なにそれ 」


彼女の言う うわぁ.. が分からないけれど不思議なお話は嫌いじゃない。この時点で私の心は読み進める方向に向いていました。


「 とりあえず読んでよ。短編だけど順番にだよ?いい?読み終わったら感想聞かせて 」


私と姉は共通の本を読めばその感想を言い合うのが恒例です。それがもし面白ければ母にも父にも勧めます。家族4人で感想を言い合った本は何冊もあります。小さなころからお茶の時間夕食の時間、あーだこーだ言いながら自分よりも複雑で深くまで見つめた母や父や姉の感想を聞くのがとても好きでした。


「 ん 、分かった 」


そしてその夜はふたりでいつものようにお菓子とお茶をお供にジャニーズのDVD鑑賞に明け暮れるのでした__



______



「 … うわぁ 」


その日の夜、ベッドに寝転んだまま勢いに任せて短編の一つ目を読んだ時点で姉の言う通り思わず口から うわぁ が漏れました。


別に生々しい殺人事件が起こったり異形の生物が出てきたりグロテスクな訳でもない。


ただなんと言うか、うわぁ なのです。


これは 、一日一篇にしよう。そうして感じたこのなんとも言えない感情をしっかりと書き留めよう と思いました。


それでは前置きはこのくらいにして 、少しだけ綴る感想にお付き合い願い下さいませ。




一篇 [ 身内に不幸がありまして ]

身が竦むくらいしたたかで 、それなのにどこか美しく。夕日のまっすぐな一途さはどこか切ないし 、それとなく羅列する文字の裏側には狂気を感じる。吹子の隠して隠して隠しても消すことはできなかった毅然とした自分への自己嫌悪。そんなふたりの唯一の共通点は'睡眠への恐怖'… 、自分も寝てるうちにとんでもないことをしでかしてないか 、はたと不安になった。夕日を哀れみ吹子に同情する一篇だった。私もいつか使おう。どうしよもなく堕落して怠惰な人間になったら 、実は会長 .. 「 身内に不幸がありまして 」




二篇[ 北の館の殺人 ]

確実に知っていた。そう思われたまま日々を送る殺人者の気持ちは私には分からないけれど 、まぁきっといいものではない。死んだ(自分が手を下した)貴方に私は毒を盛り 、平然とした顔で貴方に接していたということを知られているのなら。気分は悪い。むしろちょっと恥ずかしいかも。「 殺人者の手は赤色をしている 、しかし手袋をしている 」そしてその手袋は時間と共に剥がれ落ちる。絵の中に埋め込まれた髪の毛と共に 、立派な'告発'へと姿を変えるのだろう。




三篇[ 山荘秘聞 ]

これが一番ゾッとした。途中で平然と進む物語に思わずページを戻った。先ほど助けたこの人物は誰だったのか?なぜ守子はこんな不可解な行動ばかりするのか?そして途中で頻出する「 変わったお肉 」、またこれが背筋を凍らせるには丁度いい文句だった(本当にただの変わったお肉だったけど ..)守子が切望する'もてなす客'に一度でもなれば八垣内の飛鶏館から抜け出すことは恐らくない。




四篇[ 玉野五十鈴の誉れ ]

これが姉にこの本を買わせた原因の一篇だった。玉野五十鈴 、なんて素敵な名前だろう。と思った。そんな五十鈴の誉れとは小栗家の言いつけを守り真摯に仕えること。よく出来る使用人である五十鈴が唯一仕える五十鈴に教わったこと「 始めちょろちょろ 、中ぱっぱ。赤子泣いても蓋取るな 」大事すぎて赤文字にしてしまった…。五十鈴が仕えているのは小栗家ではなく 、お嬢さまの純香であることを忘れていたし純香から学んだことを活用(不謹慎)できているのは 、確かによい使用人だと思った。私は素直にお祖母さま ざまあみろと思った。




五篇[ 儚い羊たちの晩餐 ]

綴られる日記と 、それを一心不乱に捲る女学生の謎の存在が読み進めるいいアクセルになった。それにしても'アミルスタン羊'という単語は便利だ。なんてったって率直に'バベルの会の学生'と使わなくても済むんだから。儚い羊たちの晩餐は 、儚い羊たちが晩餐に供されることでやっとこの一篇のタイトル 、そして本の題名の意味が分かった。また「バベルの会」は復活し 、そこに集まってくる新しい儚い羊たちはらどうなるのだろうか … と想像を掻き立てる終わりだった。






穏やかで上品な口調と花が咲き溢れるような世界の中では想像し難い 、暗く生臭い事実が頬を引き攣らせると共にその残酷さに思わず顔を顰めた。でも頭に冷水を浴びせられたような衝撃と痺れは久しぶりで 、心地よかった。オススメです。



お姉ちゃんに感謝だ。


2016.6.12 読了

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)

儚い羊たちの祝宴 (新潮文庫)